梶谷懐、高口康太、幸福な監視国家・中国、NHK出版新書、2019.8.10

2章 中国IT企業はいかにデータを支配したか

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5~6年前からのギグエコノミーの登場。普段は別々に活動しているミュージシャンたちが集まって、その場限りの演奏、ギグセッションを行うように、決まった仕事につくのではなく、極めて短期で、報酬も1件こなすごとにいくらという形で支払われる仕事を指す。

すでに多くの分野で活用されており、一般市民がマイカーを使ってタクシー業務を行う、ライドシェアの配車サービス、レストランからの出前を配送する出前代行、チラシのデザインやウェブサイトの設計、文章の執筆などを案件ごとに受注するクラウドソーシングなど。

 

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ギグエコノミーには賛否両論がある。

賛成の意見:1つの会社に所属するのはリスクであり、複数の収入源を持てばリスクヘッジができる。多様な仕事で自分の能力を高め、コネクションを増やすことができる。寿命が延びる一方で、AIの発展などで社会が激変する時代において、終身雇用はリスクであり、ギグエコノミーによってよりよい人生を送ることができる。

否定的な意見:労働者は便利に使い捨てされるため、低賃金で不安定な環境に置かれる。家庭を持ち子どもを育てられるレベルの収入は得られない。現行の法律では想定されていない働き方のため。労働者の権利が保護されない。

 

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中国ではギグエコノミーに、「零工経済」、つまり仕事が 極めて細分化された経済モデル、という訳語が当てられている。非熟練労働者の超短期労働にフォーカス。批判される側面の強い日本とその評価は大きく異なる。ギグエコノミーを積極的に評価する声が強い。

代表的なサービスとしては、配車アプリ。2012 年創業の滴滴出行は買収合併により規模を大きくし、いまではデファクトスタンダードの配車アプリとなりました。日本にも進出。

中国もタクシー規制が強固な国だった。タクシー許認可権は1台あたり100万円以上もの金額で売買されていた。タクシーの台数が規制されて需要よりも少ないので、タクシー運転手は殿様商売で、顧客に対するサービス意識はゼロ。中国のタクシーは悪名高き存在だった。

 

一方、ライドシェアでは利用後に顧客が運転手を評価する仕組みがあり、評価が下がれば仕事が減ので、ドライバーはサービスを重視しなければならない。供給台数が増えたため、混雑時にもつかまえやすくなった。ドライバーからしても、本業は別にあっても休み時間に車を出して副収入を得られる。比較的すぐに仕事を見つけられ、働く時間は自分で決められる自由度の高さが、 働く側にとっても魅力となっている。

 

続いて、中国でブームとなったギグエコノミーが都市内配送。最大の業種は出前代行。出前代行は第三者企業がお店で食事を受け取り、顧客のもとまで運ぶ。現在、美団点評(メイトゥアン・ディエンピン)、餓了麼(ラーウマ)が二大企業。この配送業務はさまざまな形態に拡大しつつある。例えば、餓了麼は風邪薬などの配送も請け負っている。また配送員を抱えた生鮮スーパーの盒馬鮮生(フマーフレッシュ)も人気です。店で買うのとまったく同じ料金で、最短30分で食材を届けてくれる。コーヒーチェーンのラッキンコーヒーは、配送メインで事業を展開して急成長。JDドットコム系列の物流企業JD物流が展開する達達は、一般ユーザーから荷物を預かって同一都市内の別の場所に運ぶ、バイク便のようなサービスを展開。

 

P50: 「働き方」までも支配する巨大IT企業

非熟練労働者の超短期労働としてのギグエコノミーは先進国で強い批判を受けている。中国でも労働条件は過酷で、配達員の交通事故が頻発の問題は起きているが、ギグエコノミーへの批判はさほど強くない。その背景は、第一に稼げるから。中国では大卒のホワイトカラー層と非熟練 労働者の給与にはもともと大きな格差があった。ギグエコノミーの隆盛はホワイトカラー層にも副業の機会をもたらし、非熟練労働者に新たな仕事の選択肢を与えて、収入を引き上げる効果をもたらした。第二に、もともと中国にはギグエコノミー的な働き方をしている労働者が多かった。公務員や国有企業の職員を除けば、中国は転職が多く、雇用の流動性が高いのが特徴。ギグエコノミーそのままの生活をしていた人たちも少なくない。固定の仕事を持たず、レストランの出前配達、屋台や露店の営業、街の便利屋など、さまざまな形態の仕事で食いつないでいた人々。彼らは「無業の遊民」と言われ、一説には「中国全土で2億人」いる。

モバイルインターネットの時代になって、口コミからネット上のプラットフォームへと仕事探しの方法が変わった。いままでもあった仕事のやり方がより効率的に、より高収入に変わった。ここに個人データの問題が生じる。インフォーマルな働き方をしていた人々の労働実態、誰が、いつ、どこで、何の仕事をしたか、すべてがデータとして吸い上げられている。

 

P52: プライバシーと利便性

2017年にはIT企業の奇虎360が運営する「水滴ストリーミング・プラットフォーム」が閉鎖された。これは、自分が設置した監視カメラの映像を遠隔地から簡単に閲覧できるサービスで、離れた場所に住む親が倒れていないか子どもがチェックする、学校の教室風景を流して保護者がチェックする、オフィスや店舗の状況を経営者が監視するという使い方が多かったのですが、適切なアクセス権限を設定していないユーザーが多く、中国各地の学校、住宅、オフィスの光景を簡単に盗み見できる状況だった。世論の批判を浴び、奇虎360はサービス閉鎖を決めた。

ある高級外食チェーンが顔認証の導入を検討するも最終的に見送った。入店時に顔認証を行い来店履歴を記録し、より手厚い顧客サービスができるとの算段が、高級店は商談や密会に使われることが多いため、顔認証を導入すれば顧客の反発が強いと判断し見送った。

 

<情報提供の見返りに利便性をうけるデーターエコノミーが発達した情報社会は、監視社会と紙一重など、課題点が展開される。>

 

目次

1章 中国はユートピアか、ディストピアか

2章 中国IT企業はいかにデータを支配した

3章 中国に出現した「お行儀のいい社会」

4章 民主化の熱はなぜ消えたのか

5章 現代中国における「公」と「私」

6章 幸福な監視国家のゆくえ

7章 道具的合理性が暴走するとき

 

商品紹介、NHK出版

習近平体制下で、人々が政府・大企業へと個人情報・行動記録を自ら提供するなど、AI・アルゴリズムを用いた統治が進む「幸福な監視国家」への道をひた走っているかに見える中国。

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