矢作弘、縮小都市の挑戦
まことに興奮する本である。著者の書き方も、ジャーナリスト出身らしく、読者の感情に訴えようとする部分があることが書き写してみてわかってきた。故郷の町を含む、日本の地域再生を考えながら読んだ。私淑している加藤秀俊さんや、J・ジェイコブスの本も紹介されている。同書で紹介されている書籍や論文をしらみつぶしに読んでみたいと思う。そして、何か実行に移したいものである。スキャンダルにまみれた、デトロイトの若い市長の話もでてくる。日本でもありがちである。2004年ごろ、滋賀県の若い草津市長の逮捕事件も身近にあった。トリノをサッカーやブランド品でしか語らないのは、もったいないと思った。デトロイトの衰退は、日本の企業の頑張りがもたらしたものであることは皮肉なことである。昨日、岩波新書で「働くこと」を問い直す本が出ているのを見つけた。その働き方が、今の日本を逆に押しつぶし始めているとの趣旨である。
縮小都市の挑戦、矢作弘(やはぎひろし)
岩波新書1514, 2014.11.20 第1刷発行
目次
序章 縮小都市の時代
第1章 甦るデトロイト -財政波錠から、都市再生の胎動へ
1 縮小と破錠の事情 -都市構造の矛盾
2 都市再生の息吹を訪ねる -自生的な営み
第2章 トリノを再位置化する -ポストフォーディズムの都市づくり
1 「都市イメージ」を更新する
2 「都市空間」を再構築する -「場の創造」戦略
第3章 人口減少と高齢化の最先端を走る日本
1 パラダイムを転換する
2 集約型都市圏構造を形成する
3 空洞化した都市を甦らせる
あとがき
P18 自動車産業は、雇用機会が大きく比較的高い賃金を支払ったために、ぶ厚い中間所得層を形成することに寄与した。その結果、モーターシティーは、アメリカ式生活様式と呼ばれる、郊外に暮らし、車で移動するライフスタイルのプロデューサーになった。社会心理学者のD・リースマンが「何のための豊かさか」(加藤秀俊訳、みすず書房、1968年)で活写したように、物質的に恵まれたアメリカの郊外暮らしは、実際は、近隣付き合いが乏しく、空虚で孤独に満ちていた。
(つくばで、車を持つのは快適である。孤立感もそうは感じない。ゴルフ、ギター、行きつけの料理店、喫茶店、図書館、そして職場)
P56 GMが企てた「騙し」
GMは1980年、市に対し、(1)大規模工場用地を安価で提供し、(2)市税を大幅に減じるように提案、(3)代償として6000人の新規雇用を実現する、と約束した。コミュニティー団体を中心に反対派は、「一企業のために私有地を強制収用するのは憲法違反」を訴訟したが、州最高裁判所の支持を得られなかった。市は収容した土地を平地にし、GMに安く払い下げ、同時に市税を12年間半減することを約束した。しかし、GMが新工場で実際に雇用したのは、はるかに少ない数だった。しかも、市内にあった工場からの配転だった。
以前は、勤勉な住民の多い安定したコミュニティーだった。しかし、この大規模都市更新をきっかけに、コミュニティーは分断され性格が激変した。地区は黒人貧困層があつまるスラムに転落し、現在でも市内で最も治安が悪い。
P63 サブプライムローンの風景
デトロイトは、ハリケーン・カトリーナに襲われて壊滅的な被害を受けたニューオーリンズの次に、リーマンショックの原因となったサブプライムローン(貧困層に割増利息で住宅ローンを融資)による抵当流れ住宅が多い。デトロイトではレイシズム(人種差別)がサブプライムローンの温床になった。20世紀後半にホワイトフライト(白人中間所得層の郊外化)がおき、ブラックフライト(黒人中間所得層の郊外化)がその後を追った。デトロイト市内に取り残されたのは、黒人貧困層である。その貧しい、金融知識に疎い黒人貧困家庭に対し、サブプライムローンが猛烈な勢いで売り込まれた。そして銀行は売り逃げた。そのためサブプライムローンは、別名「餌食ローン」と呼ばれた。
(ドラマ「半沢直樹」がはやるのには、理由があると思う。佐賀藩が幕末雄藩になったのは、ほとんどの借金を棒引きにさせたことによると中公新書「天災から日本を読みなおす」にあった。経済学者の中には、モラルハザードという言葉を使って、借金返済しないことを批判するが、仕組みそのものがモラルハザードであることを、問題にしないことが多いのではないか。)
P83 ジェーン・ジェイコブスが亡くなった時に、雑誌「地域開発」(日本地域開発センター)の編集子として特集「J・ジェイコブスの都市思想と仕事」を企画した。[・・・]
P93 スポーツとカジノの失敗
20世紀末以降のデトロイト市は、その将来を「エンターテイメントシティ」に賭けたことがある。プロフェッショナルスポーツとカジノである。しかし、その都市戦略が期待通りの成果を上げていないことは、市の財政事情、止まらない人口減少、改善しない高失業率/高貧困率を考えれば明らかである。
(これは、重要な視点だと思う。マカオは、公務員にカジノへの入館を規制している。主な対象は、中国本土、台湾などから旅行者であると感じた。また、シンガポールでは、市民からは入場料で80ドルとっている。と聞いた。子供の時、日曜日の阪急電車で競馬場や競輪場の利用客が大挙して乗ってくるのはまことに、迷惑なことであった。車内が一瞬にして異様な臭いと不潔感になったものである。映画「阪急電車」にそのシーンが出てこなかったのは残念である。)
文献からの引用等から勉強がてら感想を書いてみます。さらに、いろんなことを考えさせられる知的刺激をうける書物と思いました。
P10: F・F・シューマッハ著「スモール・イズ・ビューティフル」小島慶三/酒井懋訳、講談社学術文庫、1986年
「今日、人々はほとんど例外なく、巨大信仰という病にかかっている。したがって、必要に応じて、小さいことのすばらしさを強調しなければならない(1973)」
P18: D・リースマン著「何のための豊かさか」、加藤秀俊訳、みすず書房、1968年
(つくばの古本屋で求めた。当時はずいぶん売れた本とのことであった。昭和の経済成長は、3丁目の夕陽、上を向いて歩こう、のようにノスタルジックに高揚感を持って語られることがあるが、公害問題だけでなく、当時から、この本のタイトルのような、危機感があったことも語る必要があろう。)
P83:雑誌「地域開発」(日本地域開発センター)特集 J・ジェイコブスの都市思想と仕事
P94: チャールズ・ユークネール/ステフャン・マクガバン著「都市政策再考」(2003年)「都市公共政策としてプロスポーツに投資することには、合理性/正当性がない。」
(東京オリンピックの功罪について、真摯な議論が必要であろう)
P213: 宇沢弘文著「社会共通資本」岩波新書 2000年
P210: ジェーン・ジェイコブズ著「発展する地域・衰退する地域」中村達也訳、ちくま学芸文庫 2012年、
「独占は著しく都市を害し、都市経済が達成できるものを抑え込む」
P208: ジョン・スチュアート・ミル著「経済学原理」末永成喜訳、岩波文庫、1967年
「人類の正常な状態とは、経済的に成功しようとして苦闘するとか、他人を踏みつけ、粉砕し、排除し、抑圧していくことが、最も望ましい人類の運命で、産業の進歩過程の一局面として決して忌むべきものではないと考える人々の理想に、正直いって、私は魅力を感じないのである。」
P194: 限界自治体、限界集落、大野晃。
P197: 「平成の合併」と「自立」の幻想
P215: ルイス・マンフォード著「歴史の都市 明日の都市」生田勉訳、新潮社、1969年
「都市は、物的な力と文化の力をそこへ集中させることにより、人間の交渉のテンポを速め、またその所産を貯蓄や再生産できるような形に変える磁力/容器である。」
P219: グンゼ、郡是、京都府綾部市「「郡是」は、郡の施策に沿って何鹿郡の養蚕農家と手を携え、地域の経済振興に貢献することを社是に掲げていたことに由来している。」
ゲーティッド・コミュニティー
(マニラでは、一般道は交通渋滞が激しい。こうしたコミュニティーは、都心の真ん中に位置し、一般道はそれらを迂回している。コミュニティーの住民は、通行パスを持っていて、交通渋滞を避けることができる。パスは闇で高く取引されることがある。)
コストコ、イオン
(土浦市の公設市場の規模が縮小してきている。大規模な資本は物流を変えている。)
P232: パメラ・ハーディガン共著「不合理な人々のパワー」2008年
「合理的に考える人々は、自分を世間に合わせようとする。不合理な考え方をする人々は、世間を自分に合わせようとする。世の中の進歩は、常々、不合理な考え方をする人々が引きおこす」
P243: BID (Business Improvement District ビジネス改善地区制度) 「地区内の不動産所有者(時々、テナントも含む)に、強制的に負担金(「疑似不動産税」と呼ばれる)を課し、
それを原資に地区内の公共サービス(清掃、治安、ゴミ収集など)を補給する制度」
(マンションや官舎の共益費のようなものであろう。今住んでいる廃止に向かっている官舎の入居者が減ってきた。共益費があがった。出ていくインセンティブも働く)
P260: 篠原雅武著「公共空間の政治理論」人文書院、2007年
「(消費を楽しむショッピングセンターで)人々が謳歌する自由は、消費する自由でしかない。(中略)(そこで)実際に起こっている過程が何であるか、何が奪われているか、この均質空間の外側で何が起きているのかということについては無知なだけではなく関心がない」
P260: セルジュ・ラトゥーシュ著「経済成長なき社会発展は可能か?」「消費者に対し市民としての責任意識を持つことを喚起」
バイローカル(地元品を優先して購入する)。メインストリートの商店街と協働/連携。
(灘神戸生協など、昔からこういった運動はあったように思う。生協はダイエイの攻撃相手で会ったと聞いたことがある。日本の政治は、ダイエイなどの活動を支援していったようだ。そして、地価もおかしくなっていった気がする。一村一品も連想する。タイではOTOP: One Tambon One Product)
P263: 矢作弘/岡部明子著「21世紀のEUの都市戦略」、世界、1999年2月号
「我が国でのEUの持続可能な都市研究の発端になりました」
(イタリアは、経済が低迷。などステレオタイプの、バブル期に持っていた感覚をいまだに日本人は維持しているのではないか。と気づかされた。現場の改革はハードルが高いが、感覚を磨く、新たにすることはできると思った。)
P252:買い物難民
(昨年、秋、ラジオの日曜喫茶室で金沢市中心部の買い物難民の話をされていた。そういった状況なのだとあらためて知った。)