阿川弘之著、井上成美(しげよし)、新潮文庫、平成4年7月25日、(初出、昭和61年9月)。実名で、いろいろな人物が登場するのが面白い。例えば、
P365、深田秀明(元中尉、海軍兵学校73期):昭和23年夏、銀座を歩いていて「衣装研究所」という看板を見かけ、いきなり経営責任者に面会を求めて花森安治と会った。たまたま花森は大橋鎮子と組んで新雑誌発刊の準備をしているところであった。「そんなら自分の紙を買え」と言い募る飛び込みの青年と花森との間に商談が成立した。9月末、「美しい暮らしの手帖」創刊号が世に出ると、従来無かったタイプの生活雑誌として非常な反響を呼び、部数が急増すると同時に用紙の需要も急増する。以降深田は単なる闇屋から、暮らしの手帖社へ出版用紙をほぼ独占的に納入する紙商人へと変貌を遂げることになった。
昨年の朝ドラ「とと姉ちゃん」はずっと見ていました。この紙のエピソードは無かったように思います。この本に登場するとは、不思議な出会いを感じます。
P417:昭和20年の4月戦時下最後の総理大臣となった鈴木貫太郎は、終戦の大任を果たしたあと、千葉県関宿の父祖の土地に帰って、亡くなる前、口述の自伝を世に出す。その中に片々と、次のような言葉が録されている。「ローマは亡びた。カルタゴなどは歴史的にその勇武を謳われているが、勇武なるその民は今いずこにあるであろう。一塊の土と化しているに過ぎないのではないか」「戦争というものはあくまで一時期の現象であって、長期の現象ではないということを知らなければならない」「今日の戦局の惨憺たる有様は、余には理の当然で、むしろ着々として戦略の正しい推移を物語っているに過ぎないと考えられるのであった」「だが敗けるということは滅亡するということと違うのであって、その民族が活動力さえあれば、立派な独立国として再び世界に貢献することもできるのであるが、玉砕してはもう国家そのものがなくなり、再分割されてしまうのだから、実も蓋もない」
平泉澄(ひらいずみ きよし)氏が登場します。戦前・戦中に皇国史観を広めた方。同書では、学問でないと語られる。海軍では講師として段々呼ばなくなっていったらしい。戦後、学生運動が盛んだった時代、それに反対するグループ、少数派として平泉学派もあったことを、その一時代あとに大学ですごした私は学生時代に知りました。現在は、むしろ、方向が反転して、時代は、波打っていますね。